道徳心理学に出てからBAFFLE(→→Bay Area Forum For Law and Ethics)。
WilliamsのMoral Luck論を政治の領域にまで拡張することは可能か。
行為の正当化ないし評価にはex postな視点が不可避的に影響する、というのはわかるにしても、「自分の行為は事後的に正当化されうるものだろうか」という考慮が「いま自分がどう行為するか」をめぐる熟慮に影響するか、といわれるとどうだろう。
モラル・ラックの議論は、なにが面白いのかいまだによくわからない。
今日のスピーカーはChiris Kutsという法学部の人。もともと法律関係の仕事をしていた、というのだけれど、ウィリアムズの議論にやたらと詳しい。
聞いてみると、PhDはバークレーの哲学でとって、ウィリアムズは論文審査員の一人だったという。
午後。ソーシャル・セキュリティの事務所にでかける。いつも行列がずらり、で後回しにしていたのだけれど、覚悟してでかけてみたら15分かからずにぜんぶ終わってしまった。
なんだか裏切られた感じ。
夕方。金曜日は「ピザとビールと哲学」の院生による勉強会。今日はいつもより人が多い。
スピーカーはBr。お題はロールズの格差原理をめぐるジェラルド・コーヘンとサム・シェフラーの論争。
普段のかれの人柄がそのままレジメに映し出されている感じ。よく勉強してあって優秀なのはよくわかるし、しごく真っ当な議論としかいえないのだけれど、聞いていてなんだか恥ずかしくなってくる。
わたしが過敏すぎるんだろうか?